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No. 47 ~東京出張と読書~|大分県中津市弁護士中山知康

 先日16日、ある会議のために東京に出張してきました。

 午後1時からの会議で、午後5時過ぎに終わり、帰りは余裕をもって、午後8時15分羽田発、北九州空港行きの便を予約していました。

 それで、途中の浜松町駅の書店に立ち寄り、本を2冊買ってから羽田に向かい、羽田では午後6時30分過ぎにはチェックインの手続きを完了して空港内のラーメン屋さんで簡単な夕食を済ませてから、出発ロビーのベンチで、買ったばかりの本(最近話題の「君たちはどう生きるか」という戦前に発行された本)を読み始めました。

 それから1時間以上が過ぎ、そろそろ搭乗案内をされる頃だと考えていたところ、突然、出発が20分~30分ほど遅れる見込みとの放送があり、もともと午後10時5分到着予定の便だったので、自宅に帰り着くのは午前0時を過ぎるかもしれないなと考えながら、仕方ないので読書を続けていました。

 結局、午後8時15分発の便は、午後8時40分過ぎに出発し、北九州空港に到着したのは午後10時40分ころでした。

 北九州空港からはJR日豊線の行橋駅までタクシーで行こうと考えていましたので、そのままタクシー乗り場に行ったところ、なぜか普段なら数台は待機しているはずのタクシーが1台もいません。仕方がないのでしばらくタクシー乗り場で待っていたのですが、タクシーが来る気配は全くありませんでした。

 当日は、既に午後11時になろうとしている時間であり、また、小雨も降ってきていてあまりに寒かったので、どうにかして交通手段を確保してJRの駅に行かなければと思っていたところ、タクシー乗り場にタクシー会社の電話番号が書いてあるのを見つけましたので、電話してみました。ところが、返答は、忘年会の最盛期であるため、タクシーは手配できないというものであり、いくら待ってもタクシーは来ないのだということが判明しました。

 ご存知の方もいるかもしれませんが、北九州空港は埋め立てした辺鄙な場所にあり、近くにはお店もなにもありませんし、徒歩で移動するのは到底無理な場所にありますので、どうにかして交通手段を見つけ、JRの駅まで向かわなければならないと考えていたところ、JR日豊線の朽網(「くさみ」と読みます。行橋駅よりも、数駅、小倉寄りです。)駅行きのバスを見つけ、それに乗ることができました。朽網駅は、日豊線の特急電車は止まりませんが、各駅停車で行橋駅まで行って、そこから特急列車に乗り換えて中津まで帰ればいいと考えていました。

 その後、25分程度で朽網駅に到着し、切符を買って下り線のホームで待っていました。朽網駅にもタクシーは1台もおらず、先刻のタクシー会社の人が言っていた「忘年会のため、タクシーは手配できない」という言葉は嘘ではなかったのだとわかりました。

 その後、時刻表では午後11時32分に下りの各駅停車が来るはずなのに、その時刻を過ぎ、10分過ぎ、20分過ぎても、電車はやってきませんでした。

 ホームにはひと気もまばらで、数人が階段の陰などに隠れて風を凌いでいましたが、あまりに寒く、手も足もかじかんできました。やむを得ずもう一度階段を上って改札付近に行き、寒さを凌ぐことにしたのですが、いつ何時遅れている電車がやってくるかもしれませんので、あまりホームから離れることはできない状態で過ごしていました。なにしろ、朽網駅では、既に駅の窓口も締まっており、駅員さんも見当たらず、電車が遅れている理由の放送もなにもありませんでしたので、とにかく、いつ来るかもわからない電車を近くで待ち続けるしかなかったのです。

 そうしたところ、私と同じように改札近くで待機していた人が、人身事故による電車遅延や運休などといった午後8時時点の情報が改札の近くに書かれているのを見つけました。それでようやく、電車が定刻を過ぎても全然やってこない理由がわかりました。しかし、今度は、遅れている電車がいつやってくるのか全く見通しが立たないこともわかりました。なぜなら、駅の構内放送もなければ駅員さんも見当たらず、書かれている情報自体が午後8時時点のものであって、それから既に3時間半以上が経過した現在では、電車がどのくらい遅れているのか、そもそも遅れている電車がやってくる見込みはあるのか(運休となっているのか)さえわからない状態だったからです。

 いよいよ困り、寒さと出張の疲労も重なって、費用はかさむけれどタクシーでもいいから自宅に帰りたいと考えた私は、いったん改札を出て駅のロータリーでタクシーが来ないかを見ることにしました。

 しかし、やはり、駅のどちら側の出口のロータリーにもタクシーは1台もおらず、また、そもそも人も車もおらず、もはやタクシーがそこにやってくることは期待できない状況でした。

 やむを得ず、駅の中に戻り、改札近くで風を凌ぎながら、来るともしれない電車を待ち続けていました。

 そうしたところ、日付が変わった午前0時15分ころ、各駅停車の電車がホームに入ってきたのです。それで、この機を逃せばもはや帰れないと考え、急いで階段を駆け下り、何とかその電車に乗り込むことができました。電車内は、午前0時を過ぎているにもかかわらず、満員とは言わないまでも、人が多く、立っている人ばかりでした。どの人も、忘年会帰りと電車の遅延が重なったせいか、疲れている様子でした。

 ともあれ私は電車に乗れたこと、そして、車内が温かいことでホッとして、そのまま座れなくとも、この電車で中津駅まで帰ろうと決めました。もっとも、仮に途中行橋駅で降りて、特急列車を待ったとしても、特急列車が来ること自体の保証がないのですから、その電車に乗って帰るほかありませんでした。

 その後午前1時過ぎ、ようやく私は中津駅に降り立ちました。案の定、中津駅のロータリーにもタクシーは1台もおらず(普段は10台以上は待機しています。)、タクシー乗り場には10人くらいが行列を作っていました。)、疲れてはいましたが、自宅まで重い荷物を抱えて歩く決断をしました。

このようにして、午後1時20分ころ、ようやく自宅に帰り着きました。羽田空港に到着してからで計算すると、7時間もかかりました。これほど長い移動は久しぶりであり、また、とにかく寒い日でしたので、心身ともに疲れ果てました。

 しかし、この日、前述の「君たちはどう生きるか」を読み終わりました。羽田空港で飛行を待っている間から読み始め、その後飛行機の中、朽網駅で寒さに震えながら電車を待っている間も、特にすることもなかったので本を読み続けていたので、帰宅するまでに読み終えたのでした。

 感想は、いい本でした。私の読書感想など書くよりも、実際に読んでもらった方が早いと思うので内容には触れませんが、いい本でした。他方で、この本には戦争や平和のことなど直接書かれているわけではありませんが、この本が戦前の、まもなく戦争が始まり激化していく時代に書かれたものという背景だけでなく、その内容から、「悪魔の辞典」の「平和」の定義を連想しました。「悪魔の辞典」における「平和」の定義は、正確な記憶ではありませんが、「戦争と戦争の間の状態」というシニカルなものだったと思いますが、この定義を連想し、平和というものは、その定義のような無機質なものであってはならないということをぼんやりと考えたのです。

 長くなりましたので、この続きは次回、近日中にお話しします。

(2017.12.18)