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No. 21~子どもの貧困について~Part 2|弁護士のつぶやき|大分県中津市弁護士中山知康



今月は、児童虐待防止月間だそうです。
そこで、今日は、最近YAHOOニュースで見かけた子どもの貧困をめぐる記事について、見出しと記事を抜粋し、これらに関する私の意見を若干述べたいと思います。なお、たまたまですが、以下に触れる記事は、いずれも西日本新聞からの抜粋です。

 <2014/11/15付け西日本新聞朝刊>
【子どもの貧困を考える】連鎖を断つには<上>「持たざる子」は奪われる

この記事では、ある小学校の校長のロッカーにレトルト食品が常備されていること、その理由がおなかをすかせたまま登校してくる子どもに食べさせるためであることに触れ、その校長の発言として「『どうせ自分なんて』と思っている。自分が大事にされている体験が必要なんです」と記載しています。

そして、この記事は、「満たされない体験を繰り返す貧困世帯の子どもは、自己肯定感や生きる意欲を奪われていく。」、「持たざる子はますます奪われる。」と指摘し、日本における子どもの相対的貧困の現状が6人に1人にも上ることや11月が児童虐待防止推進月間であることなどにも触れています。

 
<2015/11/04付け西日本新聞朝刊>
九州の子ども 2割が「貧困」 約42万人、深刻さ浮き彫り 13‐14年度 本紙が試算

この記事では、九州における子どもの貧困の割合が、全国平均を上回り5人に1人にも上ること、まさに憂慮すべき事態であることを指摘しています。

 
<2015/11/7付け西日本新聞朝刊>
「子ども食堂」 善意で満たす空腹 九州でも支援広がる
子どもが集う「くるめこども食堂」。食後はお絵描きなどして過ごす=福岡県久留米市

この記事では、貧困や育児放棄などで、家庭できちんと食事をとれない子どもたちのための、いわゆる「子ども食堂」が全国的な展開を見せていること、そして、この九州でも、「子ども食堂」などの、貧困の中に暮らす子どもに対する支援が徐々に広がりを見せ始めていることを取り上げています。

また、こうした「子ども食堂」が、家庭では満足に食事を摂れない子どもたちに対する単なる食事サービスにとどまらず、そうした子どもたちの居場所づくりをも兼ねていること、場合によっては学習支援などにも結び付いていることなどにも触れています。

ただ、「子ども食堂」などについては、その運営が自費や寄付で賄われていて、まさに民間の善意に支えられていることに言及し、現状では、こうした善意こそが「子どもたちの空腹を満たしている。」と指摘しています。 

さて、長々と新聞記事に依拠して書き進めましたが、いずれも現在、貧困の中に暮らす子どもたちをめぐる公的支援が全く追いついていないこと、他方で、民間の善意が徐々に広がりを見せ、今後、少しずつでも子どもの貧困を改善していく兆しとなりつつあることに関するものです。

子どもをめぐる相対的貧困は、既に叫ばれ始めて数年が経過しますが、一向に改善していないのが現状であり、しかも、九州では、全国平均を上回る数の子どもたちが相対的貧困(※)の中で生活しているという実態が明らかになりました。

   ※ 相対的貧困とは、
      簡単に言うと、平均的な生活水準と比較して、著しく所得が低い状態を指
      しますが、OECDの定義では、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世
      帯人数の平方根で除した数値)が全人口の中央値の半分未満の世帯員
      を相対的貧困者とされています。

子どもの貧困は、親からの虐待(直接的身体的な虐待のほか、育児放棄もあります。)を伴うことも多く、また、親からの虐待はなくとも、親が低所得にあえぎ、子どもの食事や身の回りの世話、ましてや教育などに関わっていられないなどといった、親世代の貧困を背景とすることが多いことも指摘されています。

私は、こうした現状こそ、社会による子どもに対する虐待だと常々思っています。仮に、親からの虐待がある子どもであれば、その虐待を放置していることが社会による虐待だと思いますし、親からの虐待はなくても、食事を始めとした支援が届かず、貧困の中で子どもたちが暮らしているとすれば、それもやはり、社会による子どもの虐待だと思うのです。

子どもの貧困の原因も様々、貧困の程度や態様も様々、そして、貧困の中で暮らしている子どもたちの日常も様々だと思いますが、共通して言えるのは、先の記事のとおり、肉体的な空腹を満たせばそれで終わりではないということだと思います。

貧困や虐待の中で暮らし、成長する子どもたちは、多くの場合、褒められるという成功体験も乏しければ、一人の人間として、子どもとして大切にされるという愛情を受け取る経験も乏しくなってしまいます。そうした中で、成績が悪いとか、素行が悪いとか、目についた事象だけをとらえて批判したり、排除しても、何の解決にもならないと思うのです。

上記の記事の「子ども食堂」や「居場所づくり」は、まさに、そうした子どもたちを受け入れて、何かを受け取ってもらおうという試みであり、心と体の空腹を少しでも満たしてもらおうという活動だと思います。私は、こうした活動が、もっともっと広がればいいなと率直に思いますし、私も、何か手助けできることがないかと感じています。

(2015.11.10)