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vol.16 ~独裁と世襲~独裁制に向かっている?|弁護士のつぶやき|大分県中津市弁護士中山知康|

 
vol.16 
 独裁と世襲 ~ 
独裁制に向かっている?




1 今日は独裁と世襲制について、少し思うところを書いてみようと思います。

独裁制というと、身近なところではおそらく北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)や中国(中華人民共和国)を思い浮かべる人が多いと思います。中国に関しては一定程度は自由主義経済路線と民主化が達成されているとは思いますが、現在も中国共産党の一党独裁体制であることは確かです。

そして、この独裁制を採っている二国は、いずれも世襲制も採用していると言えるでしょう。北朝鮮が世襲制であることは明らかでしょうし、中国も、中国共産党幹部の子弟が有力者になるという意味でも世襲制といえるでしょうし、この点は除いても、共産党という強大な権力ないし社会勢力が連綿と統治権力を掌握し、行使し続けるという意味で、やはり広い意味での世襲制といえるのではないでしょうか?

そういう意味では、独裁と世襲制とは親和性があると言えるのでしょう。歴史的経験的事実としても、権力の座から転落した独裁者は、悲惨な最期を迎えていますし、そうならないために、独裁政権は世襲である必要性が高いのだと思います。

2 ところで、上記の二国ですが、独裁政権を安定させ、世襲も正当化するためには、歴史の書き換えも必要となるのかもしれません。北朝鮮のことはここでは措いておきますが、中国では、最近、新聞報道等もされているように、中国共産党の歴史や太平洋戦争の終結に関連して、事実とは異なることが喧伝されているようです。

他方で、日本でも、歴史修正主義が台頭してきていると感じます。日本が朝鮮半島を併合して侵略したことや中国も侵略したことなどは、紛れもない事実でしょう。そして、そこでは、日本の権力機関が現地の人たちに対して有形無形の様々な強制をしたことも否定できないはずです。従軍慰安婦が強制連行されたか否かはもちろん重要な問題ではありますが、この点はひとまず措いても、徴用という名の下に強制的に連れてきて労働・苦役に就かせたことは否定できないでしょうし、いくら言い訳をしても、先方から見れば、日本の臣民とされ、名前や言葉の点でも、自分たちのアイデンティティや自己決定権を侵害されたと感じるのはやむを得ないことと思います。

これは、ある意味、いじめやハラスメントの構造と変わらないと思うのです。いじめた側、ハラスメントをした側からすれば、そんなつもりはなかった、抵抗しようと思えば抵抗できたはずだなどということが多い。でも、いじめられた側、ハラスメントを受けた側からすれば、それは紛れもないいじめであり、ハラスメントなのです。いじめやハラスメントの問題は、相互間だけでなく、取り巻く周囲の環境まで含めて、肉体的側面・経済的側面・精神的側面のそれぞれの場面における力関係を客観的に見ることができなければ解決できないでしょうし、なによりも、受けた側の立場に立って、その気持ちを理解できるように想像しなければ、解決の糸口すらつかめないのです。

その意味では、侵略した側、植民地支配した側は、どの時点で謝罪に終止符を打つことができるのかという問題はともかく、少なくとも、相手がもういいと言うまでは、された側の立場に立って、その気持ちを想像し続けて発言することが肝要だと思いますし、それがなによりも、歴史の教訓となるはずです。

3 さて、話を元に戻しますが、独裁は世襲制と親和性があり、同時に、権力の維持・継承にとって支障となる言論や活動、そして、その元となる不都合な歴史認識・世界観・価値観などは、厳に禁圧する体制を必要とします。

ですから、中国では、人権擁護活動に取り組んでいる弁護士が多数拘束されるなどの事態も起きています。

ところで、この点、日本はどうでしょうか?

国民主権を憲法で謳った民主主義国であり、政党も多数存在し、選挙も正常に営まれていますから、独裁とは言えないでしょう。世襲議員が多いですが、それも選挙で選ばれているので、制度としての世襲制が確立しているとは言えないでしょう。権力維持にとって支障となる言論や活動については、ときどきビラ配りなどを住居侵入罪で摘発するといった奇妙な事件も起こりますが、一応は言論の自由、表現の自由が保障されている自由主義社会と言えるでしょう。

でも、全て安泰かというと、そうでもない気がします。

なぜなら、何十年も確立してきた憲法解釈とそれに基づく運用を、正式に憲法改正の手続きも経ないまま、行政府である内閣、しかも、一時点で政権の座についているだけの一内閣の考えだけで変えようとしていることは、憲法で縛られているはずの権力が、国民の意見も聞かずに、その縛りを破って暴走している(憲法上も、そして、国民からも与えられていない権力を行使している)、つまりは独裁制に向かっているのではないかという疑念を拭いきれないからです。

また、新聞やテレビなどのマスコミは偏向報道をしているとか、偏った意見を載せる新聞などは不買運動をしなければならないなどと言ったことを権力の座にある人が平気でいい、そうした言動が一定程度、支持者たちにも受けているというのも気になります。民主主義社会が正常に機能していくためには、自分と異なる価値観や歴史観に対して、論理的・実証的に批判していくことは自由ですし、必要なことですが、ただレッテルを張って揶揄したり、ましてや排除するような言動は厳に慎まなければなりません。自分と異なる考えの存在を許容できることこそ、民主主義社会が存立するための絶対条件であり、これがなくなってしまえば、多数派による少数派へのいじめ=独裁制を招来しかねないと思うのです。

(2015.9.15)